経済学に限らず、一般に米国の大学生向け教科書は懇切丁寧で、分厚い。コトラーのマーケティング、ブリーリーのファイナンス、ヘネシー&パターソンのコンピュータ・アーキテクチャ…。僕が知っているだけでも、それぞれの学問の分野での定番の教科書をすぐに挙げることができる。そしてそれらが数年ごとに最新情報・状況を反映した形で、きちんとアップデートされる(日本語への翻訳が出るよりも先に原著が改訂される場合さえある)。教育こそが未来への投資であり、学部生を訓練すべき者ととらえ、教育を徹底的に理解させるサービス業と位置づけている。研究だけでなく教育にかける大学の先生たちの情熱とパワーを感じる。
さて、手っ取り早く経済学の基礎的なものの考え方を身につけたいと思ったのだが、結局は教科書にあたるのが近道のようだ。経済学の原理原則を教えるという書き方の教科書が『マンキュー経済学』(ミクロ編、マクロ編)。懇切丁寧な入門書と Web による豊富な教材を提供している点では、 『クルーグマン ミクロ経済学』。
マンキューの記述は簡潔である。一方、クルーグマンはサービス精神にあふれ、興味を引く事例やコラムが満載である。マンキューで基本概念を学び、クルーグマンの演習・教材で応用力を高めるというのが一つの読み方かもしれない。
クルーグマンの『マクロ経済学』の邦訳は来春になるようなので、マクロ経済学をさらに深く学ぶには定番の『マンキュー マクロ経済学』(入門篇、応用篇)に取り組むのも一法であろう。
この二人はそれぞれの教科書の中で、経済学の「原理」を最初に掲げている("principles" と称するのがすごいというか米国的というか)。
クルーグマンによる原理
個人の選択に関わる4原理
個人の選択の相互作用に関わる5原理
- 資源は希少である
- 機会費用:何かの本当の費用はそれを得るためにあなたがあきらめなければならないもののことである
- 「どれだけか」というのは限界での意思決定である
- 人々は自分の暮らしを良くする機会を見逃さない
- 取引は利益をもたらす
- 市場は均衡に向かう
- 社会的目標を達成するため、資源はできるだけ効率的に用いられなければならない
- 市場は通常は効率を達成する
- 市場が効率性を達成しない場合には、政府の介入が社会的厚生を高める可能性がある
マンキューによる十大原理
人々はどのように意思決定するか
人々はどのように影響しあうのか
経済は全体としてどのように動いているか
- 交易(取引)はすべての人々をより豊かにする
- 通常、市場は経済活動を組織する良策である
- 政府は市場のもたらす成果を改善できることもある
- 一国の生活水準は、財・サービスの生産能力に依存している
- 政府が紙幣を印刷しすぎると、物価が上昇する
- 社会は、インフレ率と失業率の短期的トレードオフに直面している
それぞれが「原理(principles)」としているだけにかなり共通している。マンキューの最後の二つは、原理というには少し specific な気もするが、マクロ経済・公共経済を考えるにあたっての基本的な共通認識ということで強調されているのかもしれない。