Muranaga's Golf

46歳でゴルフを始めて10数年。シニアゴルファーが上達をめざして苦労する日々をつづります

Caltech 下條信輔教授による講演『選好、選択の行動とその神経基盤』を聴く

神経科学の最前線で活躍しておられる カリフォルニア工科大学Caltech)の下條信輔教授(Caltech 研究室下條潜在脳機能プロジェクト)による『選好、選択の行動とその神経基盤−神経経済学と意思決定の認知神経科学−』という講演を聴く機会があった。神経経済学・神経マーケティングが注目を集める中、その最新の研究成果と知見を、素人向けにわかりやすく解説した講演で、大変面白かった。

fMRI により、今まで暗黙のうちに仮定されてきた概念、あるいは何となく「そうではないか」と思われていた概念に、脳科学的な裏づけができつつあり、従来の学問がもう一度神経科学の視点から見直されつつある。脳科学は基礎科学だとばかり思っていたら大間違いで、マーケティング、経済学などへの応用科学の視点で精力的に研究が行われている。広告に代表されるような消費者とのコミュニケーション手段において、人間の脳の反応はどうなっているのか。意思決定の際、どういう神経メカニズムが働いているのか。そういう疑問に一定の答えを出す実験結果が徐々に出てきているのである。

たとえば、われわれが生業とするインターネットビジネス。そのバナー広告は attention economy の典型であり、Web ページのどこにあるかで広告料は異なる。そしてそれは神経科学的にもきちんと根拠があることがわかってきている。その一方で、人は見たいものを見る傾向を持つ。

好きなものを選ぶ(選好)際に、実際に人間が意識して選択するより前の段階で、無意識・無自覚に既に体や視線が反応しているという実験結果がある。そして選好段階において視線を操作することにより、選好を操作することが可能だと言う大変興味深い実験がある。Attention economy報酬系を対立する概念としてとらえるのではなく、これらが動的につながっていると理解すべきなのである。

さらにコマーシャルフィルム、CM のあり方に影響を与えかねない実験結果がある。たとえば、人は新しいもの(新規性)と見慣れたもの(親近性)、どちらに反応するのか。CM において新規性と親近性はどちらが重要なのか。たとえば新しい顔を見たときに反応する脳の部位と、よく見慣れた顔を見たときに反応する部位は異なっていることがわかっている。その観察結果を一歩進めると、新規性と親近性は、どういう文脈で意思決定に影響を与えるのか、どちらがどのような場合に選好原理として働くのかという疑問に行き着く。それは人間の顔を見比べる時と、自然の風景を見比べる時とで同じなのか、異なるのか。その実験結果は先生も予想していなかった驚くべき内容であったそうだ。

下條先生の話は単に認知神経科学にとどまらず、進化発生学や心理学など多岐に及ぶ。基礎科学と応用科学両方を重視され、学際的な最新成果を押さえた話は、とてもわかりやすい。(実際には「わかった気にさせてもらった」というのが正確だろう。)個人的にも興味を持っている領域であり、久しぶりに触発された講演であった。他の聴衆の関心も高く、質疑応答も活発に行われた。あとで先生ご自身も「いい質問ばかりで、それぞれについて30分づつ答えたかった」とおっしゃていた。

僕がたまたま先生の本(『〈意識〉とは何だろうか―脳の来歴、知覚の錯誤』『サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ』)を読んでいたこともあって、講演のあとの食事の場にも呼んでいただき、Caltech の生活(たとえば『意識の探求』を書いたクリストフ・コッホがどういう人なのか、本当は NCC = Neuronal Correlates of Consciousness についてどう思っているのか、ディープブルーが当時のチェス・チャンピオンのカスパロフを破ったときの周囲の反応)など、貴重なお話を伺うことができた。そして著書に先生のサインまでしていただいた。

今回の講演では、脳の情動系と報酬系が意思決定にどう関わるのか、その潜在性の一端に触れることができた。より詳しくは 12月に発売される近著『サブリミナル・インパクト』ちくま新書)に書かれたとのこと。その発売が今から楽しみである。

サブリミナル・インパクト 「意識」とは何だろうか―脳の来歴、知覚の錯誤 サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ

意識の探求―神経科学からのアプローチ (上) 意識の探求―神経科学からのアプローチ (下)