最近、既に確立されたビジネスや長年存在するビジネスの、デジタル化・インターネット化について相談を受ける機会が多くなった。インターネットを使った「ビジネス・エコシステム」をどう作りあげるかという大きな命題であり、既存のビジネスモデルにどっぷり浸かった方たちからすると、ある種の発想の飛躍が必要になるようである。一方、インターネット・サービスを生業とする僕たちからすると、既存ビジネスをきちんと理解しないことには的確なアドバイスはできない。相互に勉強しながら、新しいビジネスモデルを検討していくことになる。
この既存ビジネスの「デジタル化」について、少し古いが参考になる本がある。『デジタル・ビジネスデザイン戦略』(原著:"How Digital is Your Business?")である。原著が出版されたのが 2000年であるから、インターネットのドッグイヤー換算では 60年も前の「古典」になるのかもしれないが、ビジネスの本質は変わっておらず、ここで記述されていることがらは、今でも十分通用する。そのくらい基本的な考え方が述べられている。
著者は『ザ・プロフィット』で有名になったスライウォツキー。あまり新しいビジネス書を読まなくなった僕だが、クリステンセンと並び、その著書が出るのを楽しみにしている一人である。
「デジタル・ビジネスデザイン」とは、デジタル化によりユニークな価値提案(バリュー・プロポジション)を生み出すビジネスモデルを作り上げることを指す。そこで気をつけなければならないのは、一にビジネス、二にデザイン、デジタルは三番目であるということだ。悪いビジネスをデジタル化・オンライン化しても悪いビジネスであることには変わらないからである(マイケル・デル)。
デジタル・ビジネスデザインとは次の5つの質問に、順番に答えていくことから出発する:
- 自組織が直面している最も重要な事業課題は何か。
- その事業課題に対応しうる最も賢明なビジネスデザインの選択肢は何か。
- 主要な事業活動のうち、アトムの管理を伴うものはどれで、ビットの管理を伴うものはどれか。
- どうすればアトムをビットに置き換えられるか。
- どうすればビット・エンジンを生み出し、ビットを電子的に管理できるか。
アトムは物理的な資産を、ビットはデジタル化された情報を指す。伝統的な事業はアトムの管理が主だが、そのうちビットで管理できるものがあるのなら、生産性が飛躍的に向上できる可能性がある。このためのビット管理のデジタル・ツールをこの本では「ビット・エンジン」と呼んでいる。かつて一世を風靡したデルの「ダイレクト・モデル」においては、顧客が自由に PC の構成を Web サイト上でカスタマイズできる「チョイスボード」が、ビット・エンジンの一つの例である。
ビジネスデザインを行う際に肝となる質問2に答えるために、次の表にある8つのこと(次元)を検討することが必要になる。質問の回答例として、ここではデルの「ダイレクト・モデル」を示しておく。
次 元 | 質 問 | 例:デル(太字はデジタル化で可能となったもの) |
---|---|---|
顧客選択 | どういった顧客を対象にサービスを提供すべきか | |
顧客に対する ユニークな価値提案 |
なぜ顧客は自社の製品を買ってくれるのか |
|
社員に対する ユニークな価値提案 |
なぜ社員は自社で働いているのか |
|
価値の獲得/ 利益モデル |
どのようにして収益を上げるのか |
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戦略的コントロール/ 差別化 |
どのようにして利益と顧客関係を守るか |
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事業領域 | 付加価値をつけるために何をすべきか |
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組織のシステム | どのような組織の構造と企業文化をつくり出すか |
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ビット・エンジン | システム内の情報をどう管理し、配布するか |
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本書ではデル以外にもシスコ、IBM、GE といった企業や、セメックスといった伝統的な会社を取り上げ、それぞれを上記の八つのデジタル・ビジネスデザインの基準にあてはめて分析をしている。その後ビジネスがうまく行かなくなったり、あるいはさらに革新が起こっていたり、事例としては古くなっていることは否めないが、ビジネスモデルを考え、そのデジタル化を検討するにあたり、原則となる普遍的な考え方を提供する本である。