Muranaga's Golf

46歳でゴルフを始めて10数年。シニアゴルファーが上達をめざして苦労する日々をつづります

現代将棋の最先端を見事な筆致で描く『どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?』

『どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?』このタイトルにすることには編集者も反対されたらしい。それでも、なぜこのタイトルにしたかは、著者の梅田望夫さん自身が語っている


現代将棋の奥深さ・面白さ、羽生善治をはじめとする棋士たちの魅力を、精一杯ベストを尽くして書いた本ができあがったとき、その本にこういうタイトルをつければ、普通の将棋の本など絶対に手に取らない人たちが「へえ」と思って、少なくとも1ページはめくってくれるのではないか、そしてその最初の1ページで、こちらの世界に惹きこむことができるような書き方ができていたとすれば、「将棋にほとんど関心のない人に、将棋に目を向けさせる」ことができるんじゃないだろうか。なにしろ、そういう人たちが私によく尋ねる質問が、そのままタイトルになっているわけですから。
まさにその通り。将棋のことはあまり知らなくても羽生善治が強いことは誰もが知っている。そして誰もが「どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?」と思っている。そしてその答えを知ろうとこの本を手に取ると、実は羽生さんだけではない、もの凄く強くて人間的な魅力に溢れる棋士はたくさんいて、彼らが熾烈な研究競争と対局を繰り返して、しのぎを削っている将棋世界があることを知ることになるのだ。

梅田さんが観た将棋のリアルタイムの観戦記や観戦エッセイ。そして後日行われたその対局に関わる棋士たちとの対談。梅田さんならではの踏み込んだ質問。それに答える棋士。その真摯な会話から、奥深い将棋世界と、そこで活躍する棋士たちの強さと個性が明らかになる。

その会話の中では符号が飛び交い、棋譜が提示されるが、読み飛ばしても大丈夫。木村一基の個性的な凌ぐ将棋、それを高く評価する羽生善治、コンピュータ将棋の進化を語る勝又清和「教授」、若くて率直な山崎隆之行方尚史が語る三浦弘行の研究、努力と根性の深浦康市が語る研究論。トッププロが紡ぎ出す珠玉の話は、符号がわからなくても十分過ぎるほどに伝わってくる。

山崎さんは何て素直なんだろう。そのクリエィティブな序盤の構想力を羽生さんに評価されながらも、終盤力が足りないために、最後まで行きつくことができない。羽生さんを満足させることができない。自信と屈辱がない交ぜになった山崎さんの率直なことばが胸に刺さる。

深浦さんが「若手との研究でトッププロだけが得することはないのか」という問いに対して、明快に答えていたのが印象的だ。新手のアイディアは素材に過ぎない。その素材を調理して価値ある料理にするのが棋士。若手との研究で情報収集することは、素材をかき集めている段階でそれ自体は批判されるべきものではない。集めた素材を調理するのがトッププロであり、そのプロセスを若手棋士は学んでいる。そしてトッププロは、根幹となる料理は一人、厨房でコツコツと行う。

この「知のオープン化」と「勝つこと」を両立させる将棋世界での研究のあり方が、「オープンな情報共有」と「価値あるサービスの創出」を行うインターネットの世界と、本質的に似ていることに梅田さんは気づく。そして その話を聞いた ACCESS CTO の石黒邦宏さんが、「アイディアそれ自体に価値はなく、製品やサービスで世界を変えて、やっと価値が生まれる」インターネット世界と、将棋世界との共通性を示唆的にとらえる姿が興味深いし、僕も個人的に深く共感するものである。

そして最後、梅田さんなりに「どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?」という難問に答えを出そうとしている。これだけのトッププロが紙一重の中で争う中で、なぜ羽生さんだけが圧倒的な結果を残しているのか?その答え、あるいは答への糸口を知るには、この本を読んでもらうしかないだろう。

梅田さんは奥深く魅力的な将棋世界の最先端で何が起こっているかを、一般の人に広く紹介するインタープリタである。『ウェブ進化論』でインターネットの最前線をわかり易く伝えた見事な筆致は、この本でも健在である。

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