Muranaga's Golf

46歳でゴルフを始めて10数年。シニアゴルファーが上達をめざして苦労する日々をつづります

ティム・オライリー、「Web 2.0 とクラウド・コンピューティング」を語る --- ネットワーク外部性の観点より

The Economist のクラウド・コンピューティング特集とちょうど時期を同じくして、"What Is Web 2.0"和訳)で Web 2.0 を提唱したティム・オライリーTim O'Reilly)が、「Web 2.0 とクラウド・コンピューティング」と題して、クラウド・コンピューティングで利益を上げるための考察を行っている。

オライリーが注目するのは、Web 2.0 アプリケーション成功の原則 --- すなわち参加する利用者をいかに増やすか、そして利用者の貢献を増やすことでどのようにネットワーク効果を生むか、である。Web 2.0 の本質であるネットワーク外部性によるエコシステム構築と、データを持つことによる強みが、クラウド・コンピューティングの世界でどのように発揮され得るかが分析のポイントとなる。

彼はクラウド・コンピューティングを3階層に分け、それぞれについて Web 2.0 のエコシステムとの関係をまとめている。この分類は、IaaS / PaaS / SaaS (Infrastructure / Platform / Software as a Service)と同じと考えてよい。

  1. ユーティリティ・コンピューティング:開発者向けに仮想マシンを提供(例:AWS
    • 一般にネットワーク外部性の効果は働きにくい。
    • API が開発者をロック・イン(lock-in)させるほど深く、複雑なものが提供されれば、その API 上でエコシステムが作られる。
    • 現状、AWS ではサードパーティが高位の API を提供している。
    • Amazon が、その上で作られるサービスをコントロールするレベルの API を自ら提供すればロック・インを作り出すことが可能だが、そのようにしていない。したがって Linux のような存在として汎用的な基盤提供に留まる可能性がある。
  2. PaaS(Platform as a Service):開発者向けに高位の API 提供(例:Google AppEngine、Salesforce の Force.com)
    • Force.com は開発者が増えれば、Salesforce やその他のアプリケーション開発者にメリットの出るエコシステムが作れそうである。
    • AppEngine は AWS や Force.com と比較するとアプリケーションが trivial。また API がその上のサービスをコントロールするレベルにないので、エコシステムが成立するかどうか。
  3. クラウド・ベースのエンドユーザ・アプリケーション:(例:GoogleAmazonFacebooktwitterflickr などの Web 2.0 アプリケーション)
    • 特にワープロ表計算の PC アプリケーションが Web アプリケーションになった時に、エンドユーザは「クラウド」と呼ぶ傾向がある。つまり自分のデータがサーバにホストされると「違う」と感じる。
    • 利用者のデータが他の利用者のデータと同じ空間に集積されればされるほど、利用者によって使われれば使われるほど、ネットワーク外部性の効果が働く。

まとめると、「クラウド・コンピューティングは、低位のユーティリティ層のところでは大きな利益は生みにくい。高位の Web 2.0 アプリケーション層ではネットワーク外部性の効果が働く。クラウドに集積されるデータベースのネットワーク効果をうまく働かせるために、適切なプラットフォームを作り出した企業が大きな利益を得る可能性がある。」ということになる。

当たり前といえば当たり前の結論であるが、「Web 2.0 の『次』がクラウド・コンピューティング」とトレンドとして語られがちな二つのものを、時系列ではなく独立した別の概念として扱っているところが、この記事のよいところである。

オライリーの分析は、カール・シャピロとハル・ヴァリアン(Carl ShapiroHal R. Varian)による『「ネットワーク経済」の法則』("Information Rules")がベースにあり、それにクレイトン・クリステンセン(Clayton M. Christensen)の『イノベーションへの解』("The Innovator's Solution")にある「魅力的利益保存の法則」("the law of conservation of attractive profits")を応用している。

ネットワーク外部性(network externalities)やロック・イン(lock-in)など、ネットワーク経済の基本概念を論じたのが前者であり、イノベーションのプロセス、特に破壊的イノベーション(disruptive innovation)による価値連鎖変化の理論を示したのが後者である。この2冊は IT ビジネスやインターネット・ビジネスに取り組む時の教科書である。あるいはもう古典と呼んでもよい本かもしれない(クリステンセンのイノベーションの理論について)。


「魅力的利益保存の法則」の公式の定義はこうだ。まず、価値連鎖においては、モジュール式アーキテクチャと相互依存型アーキテクチャ、そしてコモディティ化と脱コモディティ化という相互に補完的プロセスが、十分でない製品の性能を最適化するために、つねに並行して存在する。この法則によれば、モジュール化とコモディティ化によって、魅力的な利益がバリューチェーンのある段階で消滅すると、通常は隣接する段階に、独自製品を通じて魅力的利益を得る機会が出現する。

When attractive profits disappear at one stage in the value chain because a product becomes modular and commoditized, the opportunity to earn attractive profits with proprietary products will usually emerge at an adjacent stage.
「魅力的利益保存の法則」(『イノベーションへの解』、P.211)


「ネットワーク経済」の法則―アトム型産業からビット型産業へ…変革期を生き抜く72の指針 イノベーションへの解 収益ある成長に向けて (Harvard business school press)

クラウド・コンピューティングに関するエントリ