Jacobs 3D Golf(ジェイコブス 3D ゴルフ)は、ゴルフ・プレーヤーがグリップに与える力を 3次元で分析し、クラブをどうコントロールしているかを明らかにした解析技術である。ゴルフクラブの動きを力学的に説明する技術であり、米国 PGA ティーチング・プロのマイケル・ジェイコブス(Michael Jacobs)がスティーブン・ネズビット(Steven Nesbit)教授と共同開発した。
その日本オフィシャルアンバサダー、松本協(マツモト・タスク)氏による Jacobs 3D の入門書が『ゴルフの力学 スイングは「クラブが主」「カラダが従」』である。偏重心のゴルフクラブを、剛体として扱うニュートン力学と、それに基づく効率的なスイングにおける力のかけ方について書かれている。(元)理系のゴルファーの心がくすぐられる、少々マニアックな本でもある。
最新の 3D モーションキャプチャ技術 GEARS に、コンピュータによる解析 Jacobs 3D を加えることで、クラブを効率的に動かす力のかけ方、ゴルフ・プレーヤーがグリップからクラブに対してどういう力を働きかけているかがわかってきた。プレーヤーはクラブの重心をコントロールすることにより、クラブを効率的に動かすことができる。クラブの特性に合わせてスイングすること、「クラブが主で、カラダが従」であると提唱する。
僕自身は、三觜喜一プロの「うねりスイング」や、森守洋プロの教えを参考にしているが(シャローアウト、パッシブトルクによる「右回り」のスイング)、その科学的根拠を説明しているということで、Jacobs 3D に興味を持った。この本の推薦の言葉も、この二人のプロが寄せているし、Mitsuhashi Golf Academy の一角に Jacobs 3D の日本初の拠点が開設された。YouTube での発信も始まっている。
松本氏監修のもと、雑誌『GOLF TODAY 2020年5月号』に、この本のエッセンスをまとめた 23ページもの特集が組まれており、その概要を知ることができる。Jacobs 3D の分析結果によると、米国トッププロはクラブをグリップエンド方向に引き続けている。 一方、日本の多くのプロや一般のアマチュアゴルファーの大半は、この動きができていないし、負荷の高いスイングをしていると言う。
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『ゴルフの力学』を読むことで、Jacobs 3D Golf のエッセンスを知ることができる。Michael Jacobs の原著『Elements of the Swing』も、本文を読まずとも、図とその説明を見るだけで何を言っているかはわかるようになる。原著『Elements of the Swing』『Science of the Golf Swing』の要点をまとめたブログ Linkslover の記事もかなり理解できるようになる。さらに Linkslover では、この本の要点さえもまとめてくれている。
したがって、あえて僕がこの本の概要をまとめる必要もない訳だが、この本を読むにあたって、Jacobs 3D 独自の αβγ 座標系や術語(キネティクス=動力学、キネマティクス=運動、フォース、トルク、ローテーション)を理解するのに一苦労、さらにその記述を、頭の中で実際のクラブの動きに置き換えるのに一苦労、結局メモを取りながら読んだので、せっかくだからそのメモをここに残しておこうと思う。メモを取ることで、この本の理解が進んだと感じる。
本書は、Jacobs 3D のエッセンスを伝える最初の日本語の本である。ところどころ、αとγを取り違える、+と-が逆、図の説明の矢印が違うところを指している、図が白黒のためわかりにくい、といった箇所があるのが残念ではあるものの(初読の時は混乱した)、Jacobs 3D の概要を学ぶにはよい入門書である。
『ゴルフの力学』の要点
Jacobs 3D はプレーヤー視点でのグリップにかかる力(「フォース」「トルク」)、スイング中のグリップの軌跡(「ハブパス」という)を明らかにする。この本ではスイングのポイントを次のようにまとめている(P.122):
フェースコントロールはすなわち重心のコントロールであり、重心が理想的な位置になるように、クラブをグリップエンド方向に引き続ける。つまり遠心力を生むために、グリップエンドを引き続ける γフォースが重要である。
切り返しでは、グリップエンドを引く γフォース と、上方向へのネガティブαフォースが観測され、その結果として、グリップエンドを飛球線後方に移動させる。その間にカラダは切り返しに入り、クラブヘッドは飛球線後方へ振り出される。釣りで言うキャスティングさせて引き戻す動きがある。
プロはフォースを使い切っているので、さらなるエネルギーをトルクから得るために、意図的・人工的なシャローイングを行っている(たとえば GGスイングの申し子マシュー・ウルフ)。そのコントロールには強靭なフィジカルが必要である。アマチュアは、シャローイングを覚えるよりも、まだ伸びしろのあるフォースを使うことを覚えるべきと提唱する。
日米の女子プロの解析結果を比較すると、スイングの外観は同じだが、その力のかけ方には大きな差があることがわかった。日本の女子プロは、概して横振り(βフォース)で、身体への負担が大きいスイングをしている。
Jacobs 3D を理解するためのキーワード
上記の内容を理解するには、プレーヤーから見た3次元の軸 αβγ を理解すること、そして「フォース」「トルク」「ローテーション」という術語を理解することが、まず最初の作業になる。『ゴルフの力学』では第3章で導入されているが、少々わかりづらい。下記の解説動画を見るのが手っ取り早い。
#201 TASKGOLF by Jacobs3D Japan キネティックサイエンス〜その1〜 フォースとトルクって何?
まとめると、Jacobs 3D Golf では、クラブの重心を中心に、プレーヤー視点で3次元の軸を定義する:
- α軸:プレーヤーから見て正面方向(飛球線とは直角)の、シャフトに直角な軸
- β軸:プレーヤーから見て飛球線方向の、シャフトに直角な軸
- γ軸:シャフトに沿った軸
- αプレーン:α軸と γ軸で構成される面
- βプレーン:β軸と γ軸で構成される面
プレーヤーが働きかける力(エネルギー)を、「フォース(Force)」と「トルク(Torque)」として定義する。「フォース」はクラブの重心を直線的に動かすエネルギーである。一方、「トルク」はグリップからクラブに対して回転運動を与えるエネルギーである。
- αフォース:α軸方向に直線的に働きかけるフォース。アドレス時にクラブを持ちあげるのが +(ポジティブ)、クラブを押し下げるのが -(ネガティブ) 方向の αフォースとなる。
- βフォース:β軸方向に直線的に働きかけるフォース。飛球線と逆方向に引くのが +、飛球線方向に働きかけるのが - 方向の βフォースとなる。
- γフォース:γ軸方向に直線的に働きかけるフォース。クラブのシャフトを引っ張るのが -、押すのが + の γフォースである。
トルクはグリップを中心に考える。
- αトルク:α軸を中心にβプレーン上を回転させるトルク。プレーヤーから見て反時計回り(飛球線方向)に回転させるのが +(右手の掌屈)、その逆が -(右手の背屈)
- βトルク:β軸を中心にαプレーン上を回転させるトルク。プレーヤーから見て正面にタイヤを順回転させるのが +(アンコック)、その逆が -(コック)。
- γトルク:γ軸を中心に回転させるトルク、すなわちフェースを開閉させるトルク。フェースが閉じる(左回転)が +、開く(右回転)が -。
αトルクはヒンジング、βトルクはコッキング、γトルクはシャフトを回すことによるフェースターンと、頭の中で変換すると、わかり易くなる。
αβγ 軸、フォースとトルクの向きを示す図を、原著『Elements of the Swing』から引用しておく。矢印方向がポジティブ、+である:
「ローテーション(Rotation)」は、プレーヤーが働きかけたフォースの結果として起こる、ゴルフクラブの回転運動である。ゴルフクラブは偏重心である。シャフトの重心付近を握って直線的に動かした時には、クラブにローテーションは生じないが、グリップからフォースを働きかけると、ローテーションが生じる。このローテーションを相殺する方向に、プレーヤーはトルクをかけることで、クラブの動きをコントロールする。
- αフォースの結果、β軸を中心としたローテーションが、αプレーン上で生じる。
- クラブを持ちあげると(+αフォース)、ヘッドが下がる(+βローテーション)。それを抑えるためにコックして -βトルクをかける。
- βフォースの結果、α軸を中心としたローテーションが、βプレーン上で生じる。
- シャフトを右に動かすと(+βフォース)、ヘッドが置いて行かれる(+αローテーション)。それを抑えるために右手の背屈(ヒンジ)により、-αトルクをかける。
プレーヤーが力をかけるところはグリップである。Jacobs 3D ではグリップの左右の手の接点「ハブ(Hub)」と定義する。そしてスイングで描かれるハブの軌跡を「ハブパス(Hub Path)」という。
また Jacobs 3D だけでなく欧米のスイング解析では、一般的にスイング中のポジションを P1 から P10 で表す。
- P1:アドレス
- P2:テークバック初期、クラブシャフトが地面と平行
- P3:バックスイング中盤、左腕が地面と平行
- P4:切り返し
- P5:ダウンスイング、左腕が地面と平行
- P6:デリバリーポジション、クラブシャフトが地面と平行
- P7:インパクト
- P8:フォロースルー、クラブシャフトが地面と平行
- P9:フォロースルー、右手が地面と平行
- P10:フィニッシュ
ここまで理解しておけば、あとは『ゴルフの力学』を読んで、Jacobs 3D を理解することができる。以下が、この本の概要メモである。
『ゴルフの力学』概要
第1章 ゴルフはなぜ難しいのか?
- 600年以上、ゴルフクラブの形状は不変。クラブの挙動を考えずしてスイングは成り立たない。
- 日本のPGA教本にはアカデミズムがなく、グローバルスタンダードから隔絶されている。
- 著者自身の経験:
- 江連忠ゴルフアカデミーで.、ボディーターンによるオンプレーンスイングを学ぶ。ただしフェースコントロールの意味がわからなかった。
- シングルになるために切り返しの「シャローアウト」を求めた。森守洋プロの DVD により「クラブの右回り」を学び、三觜喜一プロの著書『ゴルフは直線運動でうまくなる!』を読み、その弟子である鈴木真一プロに教わって「シャローアウト」を初めて実感した。そして三觜プロの合宿に参加して、ゴルフクラブの扱い方を学び、飛距離を得た。
- 森プロも三觜プロも、科学的根拠のある指導をしており、その内容は著者も腹落ちしている。
- その後、欧米の情報を学び、マイケル・ジェイコブスと出会った。『Elements of the Swing』 を読むべく、物理と数学を大学受験レベルまでやり直した。その熱意が届き、マンツーマンの指導を受け、2冊目の『Science of the Golf Swing』が出るタイミングで、アジア人初の Jacobs 3D Golf のアドバイザリーメンバー兼日本アンバサダーとなった。
- Jacobs 3D の大原則は「ヒジ先はクラブの力学に支配される」ということである。
- クラブとカラダが唯一つながっているグリップに、どのような動力を与えたら効率的か解明している。
第2章 キネティクス解明への挑戦
- USGA(全米ゴルフ協会)の依頼で、ロボット工学者スティーブン・ネズビット(Steven Nesbit) 教授がクラブの挙動を解明、その研究は「グリップにどのような動力を与えるとクラブはどう挙動するか」という動力学(「キネティクス」)を目指している。
- GEARS やトラックマンというセンサー技術が進歩し、インパクトの角度、ヘッドの軌道、飛球などの観測数値が可視化された。「キネマティックス」と呼ばれている。
USツアープロのスイングフォームは違えど、身体各部の運動連鎖(キネマティック・シーケンス)は酷似していた。切り返し以降は、下半身→上体→腕→クラブの順に連鎖的に動く。
観測結果である「キネマティックス」の原因となる動力「キネティクス」を明らかにしたのがマイケル・ジェイコブス(Michael Jacobs)。
- クラブのすべての動きは、グリップで何を起こしているかで決まる。どのような動力を、プレーヤーがグリップに与えているのか、この動力全般を「キネティクス」と呼ぶ。
- キネティクス、すなわちグリップ圧を直接センスできる機器は未開発である。
- しかし Jacobs 3D ソフトウェアにより、ニュートン物理学に基づく計算により、観測数値から帰納的に、グリップの働く3次元の力・エネルギーを導き出した。
たとえグリップの「キネティクス」がわかっても、身体がエネルギーを発生させる経路は千差万別。人の数だけ、適切なスイングフォームも存在する。
- 直線運動 Force(フォース) = m (質量)x a (加速度)
回転運動 Torque(トルク) = I(慣性・イナーシャ) x * α (角加速度)
Jacobs 3D の最大の貢献は、「ユーザーフレーム」と呼ばれるプレーヤー目線での3次元解析にある。アドレス時のクラブを基準に αβγ の空間軸を設定、クラブがどのポジションにあっても、プレーヤー目線で力のかけ方がわかる。
クラブに動力を与える最重要ポイントはグリップであり、Jacobs 3D では、グリップの左右の手の接点を「ハブ(Hub)」と定義する。
- ハブの軌跡=ハブパス(Hub Path)は、円ではなく、不規則な3次元曲線。
- ハブパスは、個々のプレーヤーによって違う指紋のようなもの。スイングを構築する中で、それぞれに存在する理想的なハブパスを目指すことになる。個々に最適なハブパスを提供することがティーチングの究極の目的になる。
第3章 ゴルフクラブの偏重心特性と人がクラブに与えるもの
- 剛体であるゴルフクラブの重心は、ヘッドの芯とグリップを結んだ直線上の空中にある。シャフトの延長線上からずれた位置に重心が存在すること、すなわち偏重心が、ゴルフを難しくする。
- 重心をコントロールするとボールが芯に当たる。スイングの本質は重心の管理。重心のコントロールの結果、フェース管理(フェースコントロール)がなされる。
- クラブの重心を滑らかに移動させながら、プレーヤーが無駄なエネルギーを消費することなく、遠心力と共に最大の運動エネルギーをボールに伝えるのが、効率的なスイングである。
- ゴルフクラブの重心の管理は、グリップを引くことによって達成される。引くことを止めた途端に管理できなくなるという特性を持つ。
- スイングで迷った時に立ち戻って疑うべきは、重心を引っ張り続けていないポジションがあるのではないかということ。
クラブヘッドは円運動、円の中心方向へ加速度をかけている。グリップエンドの方向へクラブを引き続ける直線運動エネルギー(γフォース)によってヘッドの円運動が行われている。このγフォースが、遠心力と飛距離の源泉である。
重心を軸に αβγ 軸の導入
- フォース:
- 重心を直線上に動かすエネルギーをフォースという。
- ローテーション(フォースがもたらす回転):
- 重心を直線的に動かせば、クラブ全体が平行移動
- 実際には重心からかなり離れたグリップで、力を作用させている。グリップを 30cm 移動させても、重心は 10cm も動かず、結果的にクラブは重心を中心に回転する。これをローテーションという。
- ネガティブβフォースは、ネガティブαローテーションを生む。飛球線方向・左に力をかけても、ヘッドが置いて行かれる。
- グリップを引くネガティブγフォースは、ほとんどローテーションを生まない。
- トルク:
- 手首の掌屈・背屈、コッキング・アンコッキング、ヒジから先の回外・回内などにより、クラブを回転させる運動をトルクと定義する。
- トルクをかけると同じ向きのローテーションが起こる。
- Jacobs 3D の解析によれば、スイング中のトルクは、むしろフォースで発生した不必要な、または過大なローテーションを抑えるために逆方向にかけられることが多い。
第4章 ジェイコブス 3D によるスイング解析
- インパクト直前、P6 以降はプレーヤーは何もできない。(重力と同方向のトルクをかけられる、すなわちスピネーションくらい)
- スイングにおける最重要事項は、P6 までにいかにクラブに与えるフォースとトルクを管理し、正しいベクトルで正しいエネルギーを作るかということ
- 重心が滑らかに動くスイングはポイントの修正で済むが、そうでないスイングは大修正になる。
ショートサム・スクエアグリップ
- 尺骨とほぼ同軸でグリップをスクエアに、ショートサムに握る。そうするとシャフトの旋回が綺麗に入り、コック・アンコック、掌屈・背屈などのトルクを、グリップに滑らかに与えられる。
- これにより両腕のヒジから先はクラブと同化する。
- 「クラブが主、カラダは従」という考えを最も単純に実現できるグリップが、ショートサム・スクエアグリップである。
テークバック:P1 から P2
- 次の二つのフォースが働く: ① ポジティブ αフォースでヘッドを引き上げる ②ポジティブ βフォースでヘッドを飛球線後方上へ移動させる
- ① ポジティブαフォースにより、ポジティブβローテーションが発生。それを相殺するネガティブβトルクをかけなければならない。言い換えれば、クラブを引き上げようとして、ヘッドが垂れるので、それを相殺するためにコッキングが入る。
- ② ポジティブβフォースにより、ポジティブαローテーションが発生。それを相殺するネガティブαローテーションをかけなければならない。言い換えれば、クラブを飛球線後方に動かそうとすると、ヘッドが遅れるので、それを相殺するために右手の背屈が入る。
- さらに ③ ヘッドが回転運動するために、必ずグリップを引くネガティブγフォースをかけることになる。
- 静止している P1 からプレーヤー方向に引くのは難しい。このためフォワードプレス(少量のネガティブβフォース)をきっかけとして飛球線後方にヘッドを引くことで、自然にグリップを引くことができるポジションを確保できる。
- P1 から P2 にかけて、クラブの慣性によりヘッドはシャットに上がっていく。すなわちポジティブγローテーションが生じる。閉じ過ぎないように、ネガティブγトルクをかけて相殺する。
バックスイング:P2 から P4
- P2 から P3:ネガティブγフォース(グリップエンドを引く)により、ヘッドは円運動を描き、ヒュンと上がる。
- P3 から P4:ヘッドが若干背中に回り込む動きをいれるため、γフォースを維持しながら、αフォース、βフォースが若干入る。そして各フォースに逆方向のローテーションがもたらされるので、それを抑えるトルクを入れる。
切り返し:P4 から P5
- P4 での力の方向がその後のスイングに決定的な影響を生む。日米のプロが顕著に違うのが、切り返し時のキネティクスである。
- 切り返しでは、グリップエンドを引く γフォース と、上方向へのネガティブαフォースが観測され、その結果として、グリップエンドを飛球線後方に移動させる。
- その間にカラダは切り返しに入り、クラブヘッドは飛球線後方へ振り出される。釣りで言うキャスティングさせて引き戻す動きがある。すなわち若干のポジティブαフォースと、それによってもたらされるヘッドの落下を促すローテーションを抑えるネガティブβトルクでカウンターを当てて、適切な P6 ポジションをヘッドが通過するようにコントロールする。
- この時点で強大となりつつあるネガティブγフォースのベクトルの管理が最大のテーマになる。
- P4 におけるキャスティング、アーリーリリースにより外観的には「タメ」「ラグ」が観測される。日本の従来のレッスンでは、ボールに向かって引きつけるようにグリップを下ろすことで「タメ」を作るよう教えていたが、効率的なスイングのキネティクスとは異なるものである。やればやるほどヘッドが遅れて地面に向けて落下するローテーションが発生するが、その相殺が手遅れとなる。
- 米国PGAツアープロは、引きつけるようにクラブを下ろさない。適切な飛球線後方へのフォースと共に切り返しを始める。遠くへヘッドがキャスティングされ、大きな円弧と共にヘッドが長く旅をして、アタックアングルがシャローになる。
ダウンスイングからインパクト:P5 から P7
- P6 - P7 は莫大な重力G方向の力が働くため、プレーヤーができることはほとんどない。P6 では強大なGフォースを受け止め、ヘッドの描く円の曲率中心をできるだけずらさないよう、カラダのポジションを保つことに、プレーヤーの意識と努力は費やされる。
- 唯一できるアクションがスピネーション。ポジティブγトルクでシャフト軸を回旋する(フェースを閉じる)。クラブの特性上、ネガティブγローテーションが働いて、フェースが開くのと相殺して、インパクト時にスクエアになる。
- スピネーションを入れない限り、フェースはスクエアにならない。
パッシブトルク
- 切り返しでクラブをシャローアウトさせ、グリップを引き続ければ、P5 以降でクラブの重心はグリップを引く直線上に戻ってくるローテーションが自然発生し、クラブヘッドをスクエアに戻せるという考え方。
- シャローアウト:切り返し直後にシャフトが寝る現象となり、ダウンスイングからインパクトにかけてヘッドが緩やかな入射角で、インからアウトに抜ける。
- Jacobs 3D 的にはトルクは能動的にかけるものなので、呼び名自体に違和感がある。重心の管理はグリップの与えるキネティクスの結果なので、パッシブトルクという現象もその中に含まれる。
- パッシブトルクは2次元的な見方の産物であるが、シャローイングの意味やクラブの右回り特性を、スティープダウンするアマチュアに指導する上では有効かもしれない。(註:この辺りの記述は、三觜喜一プロや森守洋プロに気を遣っている気がする。)
ゴルフスイングのポイント
- 偏重心のゴルフクラブも右回り特性は基本:正しく扱えばシャローアウトする
- テークバック(P1 - P4)の目的は効率的重心管理:不必要なローテーションのトルクによる相殺
- 切り返し(P4)は、それ以降のフォースのベクトル管理が主眼:マッチアップが必要であればあるほど、エネルギー効率は低下
- ダウンスイング以降(P5-P7)は円運動と遠心力の源であるフォースの最大化がテーマ:主役はグリップエンド方向へ引き続けるγフォース
- インパクト(P6-P7)は莫大なGによりプレーヤーができることはほとんどない:スピネーションのみ
第5章 ゴルフスイングの本質と効率的スイング
- Jacobs 3D は、GEARS のモーションキャプチャーデータを利用し、剛体の力学に基づき、フォースやトルクをニュートン物理学に基づく科学的帰納法で求めている。
- GEARS:クラブとプレーヤーの動きを追跡する3次元解析システム。170万画素、240Hz のカメラ8台、1回のスイングにつき 600枚以上のデータを取得、計測誤差は 0.2mm という正確さ。
イナーシャ(慣性)
- イナーシャはある点の回転方向へ力をかけようとした時の抵抗値(慣性)。イナーシャを解放することによって、角加速度がアップする。
- セルヒオ・ガルシアは P4 でゴルフクラブを大きくシャローイングさせると、その時点での大きなイナーシャをリードアームである左腕に溜め、捩れの抵抗を感じている。ダウンスイングに入ると、P6 から P7 に向けて溜めたイナーシャを一気にボールに向けて解放している。
非力な女性がシャフトクロスさせるのも、トルクによるエネルギーを得るため。必ずしも悪ではない。
重心から離れると途端に大きく抵抗を感じる。
- セルヒオ・ガルシアは切り返しにおける回転の中心が重心に近いためイナーシャが少ない(その分不要なトルクが入り易く、クラブの挙動が不安定になり易い一面もある)。
- 一方、ジョン・ラームは切り返しが浅く、グリップあたりを中心に回転しているため、イナーシャが大きく、強靭なフィジカルが必要になる。
ハブパス(グリップの軌跡)、ヘッドの動き、曲率
- このメモでは、ハブパスを説明するために、カラー版の図を原著『Elements of the Swing』より引用している。米国 LPGA ツアープレーヤーのダウンスイングからフォロースルーまで。
- ピンクの点:ヘッド
- 黄色の線:シャフト
- 水色の線:ハブパス
- 白色の矢印:プレーヤーがかけているフォースのベクトル(向きと大きさ)。"quivers" と呼ぶ。
- 小さな円:曲率半径が小さく、曲率が大きい(円弧が急)
大きな円:曲率半径が大きく、曲率が小さい(円弧が緩やか)
ダウンスイングの目的は曲率半径の最大化 = 切り返しでは小さな円、インパクトでは大きな円:
- 『ゴルフの力学』のハブパス(グリップの軌跡)の説明図は、白黒でわかりにくいため、このメモでは原著『Elements of the Swing』よりカラー版のハブパス図を示す(Hub Illustrator)。
- 切り返しでいったんハブパスの円弧が拡大(緑色)
- ダウンスイングでは一貫してハブパスの円弧は収縮(赤色)
- 長いインパクトゾーンを得る効率的なスイングのハブパスはどうなっているか?
PGAトッププレーヤー、下部ツアー、アマチュアのハブパスの比較
- PGA トッププロ:切り返しのシャローアウトで一瞬ハブパスは緩んで曲率が小さくなるが、その後インパクトまで一貫して曲率を大きくしていく(円が小さくなる)。インパクト時の γフォースは上空方向、さらにはやや飛球線後方に向かう。
- 下部ツアープロ:インパクト直前に緩む。ハンドルドラッギングにより遠心力を途切れさせてしまう。いわゆるボールに合わせに行くアクション、ヘッドが落ちるのを回避するために本能的にフリップしたりする。インパクト時の γフォースは飛球線方向。
- アマチュア:ハブパスは緩く円弧が拡大する。切り返し以降しばらく円弧が拡大(遠心力を失う)、P5付近で急カーブさせてヘッドをボールに向かわせる調整を図るが(αトルク、フリップ)、すぐにまたハブの描く円弧が拡大してインパクトに向かう。インパクトではグリップエンドを引けない状態。(註:おそらく左肘を引いてしまうことだろう)。
- ドライバーのハブパスは自由度が高く、ダウンスイングで「小→大→小→大」と変化する。
フォース(直線運動)とトルク
- トータルワーク=フォース(直線運動)x距離+トルク(回転運動)x角度変位
シャローイングの功罪
- クラブの特性によるシャローアウト(前述のパッシブトルク)はグリップを引くことで実現する。
- 一方、大きく意図的にゴルフクラブをシャローイングさせるメソッドが流行している。マシュー・ウルフがその典型。
- 自ら与えるトルクで大きくシャローアウトさせ、そのエネルギーをリードアームに溜め、一気に解放する。
- その本質はトルクエネルギーの確保である。フォースがピークに達しているツアープロが、さらにエネルギーを得るために手をつけるのがトルクである。
- 人工的なシャローイングは、正しいベクトルとタイミングでグリップエンドを引くことを難しくする。大きな抵抗を扱うフィジカル・タフネスも求められる。アマチュアには対処不可能なので、目指すべきスイングではない。
ハブパスはプレーヤーの指紋
- グリップには複雑な3次元のエネルギーがかかり続ける。
- グリップ内にフォースとトルクをどう与えるかは、プレーヤーの身体的制限や自由度により千差万別。ハブパスが画一化されることはない。
- ハブパスはプレーヤーの指紋のようなもの。トッププロのスイングの外観を目指しても意味がない。
ビジネスゾーン
- P6以降ではアマチュアでも 100G を超える重力負荷がかかるため、ほぼ能動的に何もできない。
- γトルクによるスピネーションくらいしかアクションできない。
- インパクトから逆算して、カラダ側が崩壊しないビジネスゾーンが得られるようなベクトルで、P6 にクラブを運ぶしかない(ドロー、フェードの打ち分け範囲はきわめて小さい)。
- 自分がめざすボールフライトに必要な通過点である P6 に、切り返しからヘッドを向かわせるか?P4 から P5 が鍵
- 重要なのは、重心が管理されたテークバック。ダウンスイングの開始時点でクラブの重心が静かに管理され、それ以降に正しいベクトルで(グリップエンド方向に)グリップを引く(γフォース)ことができる位置を確保できるかがキーとなる。
日米女子プロの比較
- 日米女子プロのスイングを比較すると、外観はその差がないように見えても、Jacobs 3D のキネティクスでは大きな違いがある。
- 『GOLF TODAY 2020年5月号』に本書と同じ図がカラーで掲載されているので、このメモではそちらを引用する:
- インパクト時にかかる重力負荷が、圧倒的に日本の女子プロ(150G)の方が、米国プロ(70G)より大きく、身体への負担も大きい。(4番目の図)
- 小柄な日本人プロは、高い位置にクラブを上げて、頑張ってクラブを横振りしてボールに向かわせていく。(1番目の図)
- 米国の女子プロのβフォースは、P6のデリバリーポジション付近からしか観測されない。
- 日本の女子プロは P4 切り返し当初から大きく発生し続けている。横振りしている。
- βフォースを使っているために、不要なローテーション、ヘッドがどんどん遅れるローテーションを発生させ、それを抑えるために身体を使っている。米国の女子プロが +/- 45Nm に対し日本の女子プロは +/- 90Nm になる。(3番目の図)
- 切り返しでβフォースが入るために、飛球線後方にクラブヘッドを振り出せない。グリップを直接ボール方向に向かわせるハンドルドラッギングという現象を生む(ハブパスが横長になる)。
- Jacobs 3D の解析を受けた日本の女子プロたちは「アーリーリリースOK」「フリップするくらいでもいい」というコーチのアドバイスで、切り返しにおいて飛球線後方にクラブを振り出させるように、スイング改造している。(註:チーム三觜のことを指していると思われる。)
さっさと上達して生涯スポーツであるゴルフを真に楽しもう ~あとがきにかえて~
- フェースコントロールとは、すなわち重心のコントロールであり、正解はグリップエンド方向にクラブを引き続けることである。
- ヒジから先のクラブの動きは、剛体力学、ニュートン物理学で説明できる。物理学と反した動きは再現性が低い。一方、カラダは剛体ではない。身体的自由度がある。そこにバイオメカニズムの可能性がある。
- ティーチングの際に気をつけるべきこと:
- ヒジから先を固めない。クラブを強い圧力で握るべきではない。「ヘッドの重みを感じる」ように握る。
- グリップエンドをボールに向かって下ろしてはならない。クラブのフェース面を当てに行ったり、自分からヘッドをボールに当てに行ったりしてはいけない。
- スイングの前半と切り返しで、クラブの重心を大きく揺るがせてはいけない。
- つまるところ、重心が理想的なポジションになるようにゴルフクラブを引くことができるようになること。そうすればあとはゴルフクラブに任せればいい。
- 科学的根拠をもとにスイングについて迷走しなくなれば、コースマネジメントの挑戦、戦術の検証、コースデザイナーとの闘いといったゴルフの真の楽しみが見えてくる。競技ゴルフに目覚める人もいるだろう。生涯スポーツとしてのゴルフを楽しむことができる。